アトピー奮闘記

第16回 食物アレルギーとの闘い

三男は、卵、乳製品、ピーナッツには、アナフィラキシーを起こすほどの強いアレルギーがありました。彼にとってこれらは、まさに猛毒以外の何物でもありませんでした。その他にも体調の悪い時にアレルギーを起こす食べ物はいくつかありましたが、その3つの比ではありませんでした。事実、注意さえすれば、彼の食べ物はいくらでもありました。私たちは、渡米する前は、せいぜい20~30項目程度の中和で治療が完了するであろうと高をくくっていました。これくらいだと約1ヶ月ほどで治療は完了し、残った数ヶ月をふんだんに自分の勉強に費やせるものと思っていました。そして、3年ぶりのアメリカでしたから、アーカンソーを中心に全米に散らばっている、懐かしい人々に再会することも計画しておりました。しかし、現実はきびしく治療に4ヶ月一杯一杯かかってしまったのでした。おかげで十分余裕があるであろうと思われたわれわれの軍資金もすっかり底をついてしまいました。なぜ、治療にそれだけの期間がかかったのでしょうか?パテル先生は最初に言いました。「卵、牛乳、ピーナッツは氷山の一角のそのまた一番のてっぺんです。その下には、おびただしい数のアレルギーのもとがあるはずです。それらを順番にくまなく中和していかないと、卵、牛乳、ピーナッツの中和はできません。また、中和だけでは狂った体の調子を整えることはできません。サプリメントや点滴による十分なミネラルとビタミンの補給、キレーションとサウナによる有害物質の体からの排除を同時にしていかなければなりません。」そのことを実行しようとすると、どうしてそれだけの時間がかかってしまったのでした。そしてついに卵、牛乳、ピーナッツの中和までやっとの思いでこぎつけたのは、まさに帰国する直前で、なんとも言えない感激と達成感を味わいました。卵の中和が終わったあと、おそるおそる三男に卵をごくごく僅か食べさせてみました。30分たっても1時間たってもついに、何の反応も現れませんでした。彼は初めて、卵を無症状で食べたのでした。それはそれは感激の瞬間で、まるでドラマを見ているようでした。しかし、パテル先生は言いました。「私が卵、牛乳、ピーナッツの中和をしたのは、決してそれらをいくらでもふんだんに食べることができるようにするためではありません。万一、それらを誤って口にしても、最小限の症状でくい止めるためです。それらのものは、今までどおり、細心の注意を払って避けなければなりません。」そして、帰国後2年以上たった今も、彼はそれらのものを食べることはできません。食べられないものが給食に出る時は、お弁当持参です。食物アレルギーとの闘いは、これからもずっとずっと続くのです。しかし、考えようによっては、体に安全な、栄養価の高い食物だけを選んで食べることになるので、無頓着に何でも食べる場合に比べ、よい健康状態をずっと維持できることになります。実際、外来診療をしておりましても、一番、治療、管理に難渋するのはこの食物アレルギーです。アトピー性皮膚炎、気管支喘息、花粉症などは、軟膏や抗アレルギーが有効であるのに対して、食物アレルギーは、原因の食物を避けるより他に有効な治療がないのですから。

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角丸

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