アトピー奮闘記
第6回 食事制限療法
家内は言いました。「母乳で育てていて本当に良かった。自分が食事制限することで、この子の治療ができるから。」と。最初は母親の食事から卵や牛乳を一つずつ抜いて母乳を与え、子どもの皮膚の状態を観察するというのんびりした方法を採用していましたが、途中から皮膚の状態がどんどん悪化してきましたので、とてもその余裕がなくなり、米と野菜以外の一切のものを母子の食事から抜きました。必須アミノ酸はエレメンタルフォーミュラという、強い食物アレルギーの赤ちゃん用に作られた、たんぱく質を含まない(アレルギーは主として食物中のたんぱく質に対して起こるため、理論的にアレルギーを起こしえない)ミルクを飲むことによって補いました。そうした涙ぐましい努力によって、暫くすると、皮膚炎の進行は多少止まったようなきらいはありましたが、とても改善したとはいえない状態が続きました。ついには、米に対してもアレルギーを起こしているのではないかと考え、米をやめてヒエ、アワ、キビをかわるがわる食べるようにしました。「自分は食べるものがなくても、この子には母乳というご馳走がある。本当に母乳で育てていてよかった。」家内は繰り返して言いました。この、肉の代わりにエレメンタルフォーミュラを飲み、米以外の穀物といろんな野菜を回転させて食べるという、母親と本人の必死の食事制限によって、皮膚炎のほうはある時には改善傾向を見せ、しかしまたある時には原因不明の悪化を見るという繰り返しの中で時が過ぎていきました。しかしその時には、「ヒエ、アワ、キビと野菜にはアレルギーを持つことはない。」という、今から思うと致命的に誤った前提に疑いをさしはさむことはありませんでした。食事制限というのは本当に泥沼にはまっていくようなものです。最初は軽い気持ちで入っても、そのうち抜け出ることができなくなっていきます。この厳しい食事制限を始めた当初は、1~2ヶ月も制限すれば、皮膚はすっかりよくなり、それから食べることができるものを少しずつ増やしていけばいいんだろうと、楽観的に考えていました。しかし、この厳しい食事療法を始めて3ヶ月が過ぎ、4ヶ月が過ぎしてきますと、母子の栄養状態に一抹の不安を感じるようになってきました。家内が言うのに、「食事制限を始めてから、むしろ体が軽く感じ、長年悩まされていた肩こりもなくなった。」ということであり、母子ともに見た目にも健康そうでしたので、あえてこの問題は避けて通ってきました。しかし、気がついた時には取り返しがつかないことに・・・という最悪の事態を避けるために、ある日、思い切って母子の血液検査を行いました。ところが、さぞひどい栄養失調状態になっているだろうなという予想は見事に裏切られました。血液の中の蛋白やカルシウム、鉄などは下がっているどころか、それらは、食事制限前より増えていたのです。さらに驚くべきことに、家内はもともと家系的に高コレステロール血症を認めておりましたが、その値はすっかり下がって、正常値となっておりました。厳しい食事制限をすることによって、自覚症状的にも、血液検査の上でもむしろ健康になる。これはいったいどういうことなのであろうかと、何年もたってからそれが氷解するまで疑問をもち続けました。皮肉なことに、その時、食事制限はアトピー性皮膚炎を改善するという確信は得られませんしたけれど、菜食主義は人の体を健康にするということを目の当たりに見た気がしました。